名古屋高等裁判所 昭和32年(う)728号 判決
原判決は第一事実において判示の如き麻薬注射液一〇八五本の製造、第二事実において右同種の麻薬注射液五〇〇本の所持(国鉄浜松駅待合室にて)、第三事実において右同種の麻薬注射液五八五本の所持(被告人自宅にて)の各事実を認定しているのであるが、右第二、第三事実において各認定の被告人所持の麻薬注射液は、何れも第一事実において認定の被告人の製造したものであることは、原審取調の諸証拠並びに判文上明白である。
そして、麻薬取締官の差押調書(昭和三一年一〇月一〇日及び同月一一日付)、鑑定人木下弥兵衛の鑑定書(同月一二日及び同月一九日付)によれば、被告人が昭和三一年一〇月一〇日浜松駅待合室において所持していたハトロン紙袋入新聞紙包装のアミノブテン系麻薬(約二CC入)一〇個計五〇〇本及び同月一一日自宅において所持していた(1)褐色紙袋五袋(一袋一〇本入)を新聞紙にて包装せる(約二CC入)注射液七個計三五〇本、(2)同様のもの四個計二〇〇本、(3)褐色紙袋三袋(一袋一〇本入)、一袋(六本入、内一本破損)を新聞紙にて包装せる(約二CC入)注射液計三六本(内一本破損)を麻薬取締官において押収して、名古屋市立大学教授木下弥兵衛にその鑑定を依頼したところ、同鑑定人は浜松駅押収分については一〇本、被告人自宅押収分中(1)については二本、(2)については四本、(3)については二本をそれぞれ任意に各抽出して検査した結果その全部を判示の如き麻薬であると鑑定したことが認められる。弁護人は、右の如き抽出検査の方法による鑑定の結果を非難するのであるが、原審取調の証拠によれば、右の鑑定に供された一〇八五本(破損分一本は除く)は、被告人が昭和三〇年八月頃大阪市において宋守博よりその原料を入手し、その後自宅に隠匿しておいたところ、昭和三一年一〇月五日これを携帯して判示逍景衍方に行き、同所において朴某と共同して同月七日午後一〇時頃より同月八日午前八時にかけて押収にかゝる器具等を使用して製造したものであることを認め得るのであるが、このように、同一の製造者が、同一の原料、器具、方法により、同一の場所において同時に製造した物品については、その全部について検査をすることなくして、前記の程度の抽出検査をし、その結果から全部についての判断を下しても、かかる判断は、自然科学的な絶対確実性に欠けることがあるとしても訴訟法上は、必要にして十分な程度の確実性を具備し、十分に信憑力のあるものといつて差し支えがない。弁護人は、右鑑定人が原審公判廷において証人として、尋問を受けた際に、一割を抽出検査すれば絶体に確実であると述べている点を把え、これを論拠として抽出の割合が一割に満たない抽出方法によつた本件鑑定の精度を云々するが、右鑑定人の証言は、一割以下の抽出検査では不正確であるという趣旨でないことはその証言自体によつて明かであるのみならず、かえつて、同人は、本件物品については一割検査の必要はないとさえ証言しているのであつて、同人の以上の証言は、その全趣旨からすれば、それはむしろ当裁判所の前記見解を裏付けこそすれ、決して弁護人主張の論旨の論拠となるものではない。なお、前記鑑定書によれば、本件物品と同時に押収せられて同じく鑑定に供された物品中に、覚醒剤麻薬の何れでもないもの又は麻薬であるや否や不明のものの存在することが認められるのであつて、弁護人は、この点からも、本件の麻薬鑑定の精度を非難するのであるが、これらの物品は、同鑑定で麻薬と鑑定された本件物品とは、その包装、容器、分量等を異にし、外形上も判然これと区分されていたものであるのみならず、しかも本鑑定は、包装、容器の種類別に抽出検査をしたうえの鑑定であるから、本件で麻薬と鑑定された物品とは別異の包装容器中の物品に非麻薬品等があつたからといつて、さようなことは、本件麻薬鑑定の精度に何等の影響を来すものではない。
よつて、木下鑑定人の鑑定書を採用して、本件一〇八五本全部に対し判示麻薬と認定した原判決には事実の誤認又は理由不備の違法はない。論旨は理由がない。
(裁判長判事 滝川重郎 判事 伊藤淳吉 判事 木村直行)